夏山冬里で、のびのびと草を食む。
二戸が誇る、この土地らしさを吸い込んで育つ美食の代表格に「いわて短角和牛」がある。
いわて短角和牛のルーツは、在来の南部牛。岩手が南部藩領だったころから、物資輸送のために飼われ、鉄鉱山での作業や太平洋からの塩の運搬に活躍した。筋肉質なその種にショートホーン種を掛け合わせて改良が重ねられ、現在のいわて短角和牛となった。牛肉本来の赤身の美味しさが魅力で、フレンチやイタリアンなどの高級食材としても支持される。国内流通の和牛全体のたった1%にも満たないという貴重な品種だ。
その味わいは、“サシ”の多く入った肉を好む霜降り嗜好とは全く異なり、引き締まった赤身と適度な脂肪、噛むほどに滲み出る牛肉本来の旨味のあるミルキーさが魅力。この美味しさを支えているのが、稲庭高原の自然豊かな環境だ。
二戸市で最も高い稲庭岳の山麓に広がる稲庭高原は、標高約700m。なだらかな高原は涼しく、一面に放牧地が広がる。そばにはブナの原生林も茂り、清々しい。
5~10月までの間は放牧され、のびのびと草を食む。母牛は冬が近づくと繁殖農家に戻って、子牛を生む。この地域では、このような方式が根付いており「夏山冬里方式」と呼ばれている。
「牧野で自然交配し、子牛が生まれれば、自然栽培の牧草と母牛の乳だけで育てる」と話すのは、二戸の牧野運営を支える浄法寺町牧野組合連合会会長の斉藤義広さん。
「餌となる牧草は、天気を見て採草します。年に3回ほど刈りますが、最初に刈った草が一番タンパク質を含み、消化にも良い。この涼しい高原が、牛の体質に合っていて、ここの草を食べて健康的に動きまわって過ごすことが良質な肉質につながります」
生産者が研究と手間を重ねる管理下にありながら、自然に添ったヘルシーな環境が牛たちを育てているのだ。涼しい気候のなかで体の熱を守るようにして脂肪が外側につく。赤身部分に脂肪が交雑しにくく、赤身の層と脂肪の層がはっきりと分かれ、赤身を噛みしめれば旨味が染み出る。二戸の風土と生産者のこだわりが生む味わいだ。
「美味しい食べ方は?」とたずねてみると、「それは、山長ミートさんに聞いてみて」と、斉藤さん。食肉卸業である「有限会社山長ミート」は、二戸市内で、直営の短角和牛の専門店も展開。家畜商をルーツとする、いわば肉の見極めのプロだ。市内の飲食店や宿泊施設でも提供されるいわて短角和牛が育つ風景を旅のなかで訪ねてみたい。