食材を辿って旅をする
旅での出会いから学びを得て、自分を育てるということ。ガイドブックで紹介されるルートを追うわけでもなく、自身の学びの軸を基準に行き先を決め、暮らしや仕事の糧となる体験を見つけ、ルートを編集して旅を進める。研究心を持ち、自らの仕事を切り拓く人たちは、そんな「旅の編集」に長けていると思う。
『ほんものにっぽんにのへ』では、さまざまなジャンルで活躍するスペシャリストとともに二戸を旅することに。初回の登場は、50カ国以上もの国々を旅し、各国で出会った料理や食材をインスピレーションにしてケータリングを手掛ける、シェフであり、グローブキャラバン代表取締役である寺脇加恵さん。寺脇さんの目にうつる二戸の魅力とは。
牛、豚、鶏のすべてを育む大地
東に折爪岳、西に稲庭岳を有するダイナミックな土地で育つのが、二戸が「三大ミート」として誇る、牛、豚、鶏のそれぞれに展開されるブランドだ。
穏やかな太陽がそそぎ、涼しい風が吹く雄大な稲庭高原で、のびのびと暮らす姿をすぐそばに見ることができるのは、いわて短角和牛。南部牛追唄にも唄われ、南部藩にて物資輸送にも活躍していた南部牛にショートホーン種を掛け合わせたのを始まりに、品種改良を重ねて今に至る赤身が自慢のブランド牛だ。
自然放牧と自然交配を守り、春に生まれた子牛たちは母牛の乳と自然栽培の牧草とで夏を過ごし、秋になると肥育農家に渡り大切に育てられ、出荷までを牛舎で過ごす。
「どのように育ったか、さらにどこの餌を食べているかで、食材の安全性は決まります。減農薬・無農薬等への配慮は日本でも浸透してきましたが、これからの時代、消費者の意識も、何を食べて育ってきたか、何を使って育てられたか、というところに向いていくはずです」と、世界の国々の生産現場や消費者意識を見つめてきた寺脇さんは言う。
命の恵みを無駄なく活かす久慈ファーム
稲庭高原をあとにして向かったのは、「佐助豚」の生産・販売と、「熟レ鶏」の販売を行う久慈ファーム。「ストレスなく育った豚は健康でおいしい」と語るのは、久慈剛志社長。看板ブランド「佐助豚」は、折爪岳のふもとに位置する豚舎にて育つ。その生育環境は、徹底した研究のもと、温度、湿度、清潔さに管理を尽くしたもの。さらに、200~300万年前の地層から採取される植物性炭化物を配合した植物性の飼料で健康的に育てます。
豚自体にストレスがかからず健康体であることにフォーカスしているため、病気を予防するワクチン投与も最小限にとどめることができる。その研究と管理のうえで生まれるのが、繊維がきめ細かくて脂の融点が低い、口溶けの良い肉質が強みの佐助豚だ。「この命の恵みを無駄なく活かすため」と、シャルキュトリー製造も自社展開している。
若鶏の生産量が全国トップクラスの二戸地域。その若鶏の親がブランド鶏「熟レ鶏(ウレドリ)」だ。若鶏の約9倍もの月日を放し飼いでのびのびと過ごした体は大きくて筋肉質。その肉質は若鶏と比べて例えるなら、まるで「アスリートのよう」で、しっかり熟してコクと旨み成分が増し、スープの力強さと歯ごたえに特徴がある。「食の好みも多様化してきているので、柔らかい肉だけが好まれる時代じゃなくなっている」と語る、久慈社長の言葉に、その個性を味わうのが楽しみになる。
さらに旅の道中で予期せず出会ったのは、道路沿いの畑で行われていたそばの脱穀の風景。そして、産直に並ぶ迫力満点の季節の恵み。品物のすべてには、卸しに来た地元農家さんたちの名前が添えられ、この土地ならではのおやつもある。地域の色濃い食文化に出会えるのも、二戸の旅の醍醐味だ。そのすべてを楽しみ尽くすには、時間がどれだけあっても足りない様子の寺脇シェフ。
旅で訪ねた三大ミートでダイニングアウト
旅で出会った食材を持ち帰る。そして、夜、寺脇さんならではのストーリーのもと、この日だけのスペシャルメニューでダイニングアウトが開かれた。
産直で出会った色とりどりの野菜が盛られたサラダのあとに登場したのは、スープ仕立ての「熟レ鶏」。そのスープと肉質の力強さに、一同驚き。
口溶けの良い佐助豚は、どふろく特区である浄法寺のどぶろくで煮込まれたブレゼとして登場。その出汁で仕上げた二戸産の雑穀を使ったリゾットとともに。
そして、グリルで登場したいわて短角和牛。筋肉質な南部牛のDNAと、冷涼な気候のなかで放熱しないよう脂肪が外側につく性質に加え、広大な牧野で健康的に引き締まった肉質に育ち、噛むほどの旨味が滲み出る。地域の食材の味わいがストーリーとして繋がれていく。
さらに、この日のアウトドアダイニングでは、地元酒蔵「南部美人」から平野営業課長が、メニューそれぞれに南部美人のさまざまな日本酒をペアリング。そして、デザートには、プルーンの南部美人煮。
個性豊かな二戸の食材を鮮やかに組み合わせた寺脇シェフ。旅を通じて土地の豊かさや生産の現場で働く人たちに出会い、その姿や言葉を思い出しながら料理し、食す。二戸を味わい尽くすかのように紡がれたその新鮮な視点に、生産者のみなさんも絶賛。
生きているものを訪ね、生かされていることを知る
多忙なスケジュールの合間を縫ってでも、国内外への旅を続ける寺脇さんに、その理由を訪ねてみる。
「その土地の食文化を学びに行く旅もあれば、調理道具や調味料との出会いを求めて行く旅もある。生産者さんを訪ねる旅も大切にしています。それは、仕事に没頭すればするほど、自分の仕事を支えている素材、食べる人に届けているものが、”生きているもの”であるということを忘れてしまうんじゃないかと感じることがあるから。旅をするのは、食材が生き物であること、育てている人がいるということ、私自身も大きな生態系の中に在る、ということを再確認するため。旅を通じて、生産の環境や生産者のポリシーを自分の目で見ることによって、自分の料理の哲学を深めていくことができるから」