二戸だけのテロワール
二戸の冬の朝、蔵からは湯気があがる。寒さのなかで、蒸された米が冷まされ、蔵人たちに担がれて、麹室へと上がっていく。杜氏が麹室で麹菌をふるう間、蔵人たちは、素早く仲仕込みを始める。
「南部美人」は、ここ二戸でつくられ、国内外で多くの賞を受けてきた。2017年には、世界最大のワインコンテストである『インターナショナルワインチャレンジ』の日本酒部門で見事世界一を受賞。きれいで美しい味わいを目指すことから「南部美人」と名付けられたと言う通り、酵母由来のフルーティーな香りと、スッキリとした後味が特徴だ。
「地元産の米、土地で湧いた水を使うことから、違いが生まれます。南部美人は、岩手県産の酒米『吟ぎんが』や、地元金田一産の『ぎんおとめ』を中心にして、折爪岳の伏流水を仕込み水として使います。この中硬水が発酵を助け、後味をキリっと引き締めてくれる。それが味の特徴を生んでいます」と語るのは、南部美人を醸す杜氏の松森淳次さんだ。
岩手にやって来た近江商人から教えを受けて発展したという南部の酒づくり。南部の気候に合わせて発展したその酒づくりは、やがて「南部流」と言われ、南部杜氏は日本三大杜氏の筆頭に数えられるようになった。南部杜氏協会に属し、学びを重ねた者が南部杜氏となる。松森さんは、南部杜氏として南部流を受けながら、南部美人の先代杜氏から南部美人ならではの酒づくりを学んだと言う。
南部美人は地産を重視した高品質な酒で勝負する。岩手らしさ、二戸らしさ、二戸の「テロワール」にどこまでもこだわるのだ。
「地域の米の生産者さんと顔が見える付き合いをして、意見交換を重ねながら酒をつくるんです。それから、独立して地元に帰って来た若い料理人たちとも。彼らが地元の豚、鶏、牛を使い、それを酒と合わせて、全国の人に届けられる。これが二戸の地産のあり方です」
同じ東北でも、秋田と岩手の酒づくりはまるで違う。たとえ緯度が同じ程度であっても、奥羽山脈を境に気候は全く違い、日本海側の秋田は雪が多く、湿潤。太平洋側にある二戸は、さらに寒く乾燥している。それぞれの蔵が土地の気候が持つ一長一短に向き合い、研究を重ね、酒の違いは大きく現れる。キリっとした寒さのなかで、時間をかけて低温発酵させて酒をつくる。それが二戸の冬らしいつくり方だ。
南部美人5代目蔵元である久慈浩介さんは語る。
「二戸を旅するなら、ぜひ、田んぼを見て欲しい。田んぼなんてどこでもあると言うかもしれないけど、日本の原風景でありながら、その風景は必ず地域ごとに違うはず。南部美人は、二戸の風景のなかで、米を育て、二戸の人が醸す。風、空気、百何十年ずっと南部美人をつくり続けている菌。そのすべてがあってこその、地酒なんです」
南部美人では蔵の見学ができる。歴史ある蔵に足を踏み入れれば、蔵の温度を感じ、杜氏や蔵人に出会い、タンクから聞こえてくる微生物たちが酒をつくる音に耳を澄ませ、放たれる香りを知ることができる。
さらに、新しい酒づくりの研究や開発も展開する傍ら、日本酒の美味しさを広く知ってもらおうと、海外でのPR活動にも奔走する久慈さんが、「世界に誇る、二戸だけのテロワール」として語るものがある。
それは、酒から器までつながるテロワールだ。浄法寺漆器に佐助豚を盛り、酒を合わせる。二戸の酒を、浄法寺漆を使った浄法寺漆器で飲む。二戸のものを合わせて完結させるストーリーを、いくつも紡ぐことができるのだ。
「二戸には、全部ある」
それが、二戸のテロワールの醍醐味だ。