使い手が仕上げる暮らしの器
実用を重視した簡素さと、高雅さを同時に備えた美しい佇まい。磨き上げた光沢も派手やかな絵柄も見当たらない、マットな仕上がりと無紋の様。浄法寺塗の歴史は、奈良時代に浄法寺に建立された天台寺の僧侶たちが、自らの日々の食事に使う漆器をつくったことに始まる。そう聞いて、得心がいく。その漆器が境内や参道で売られ、地域の暮らしにも根付いたという。
日本を代表する工芸品である漆器にも使用されている漆だが、国内の漆市場では、97%は外国産。中国産に押され、国産はわずか3%しかない。その3%のうちの7割を二戸市浄法寺町が生産。日本一の生産量であり、高品質の浄法寺漆は、日本国内の国宝や日光東照宮や金閣寺などの保存修復にも用いられるなど、近年需要が高まっている。
「良質な漆を存分に使ってつくっていることが浄法寺塗の一番の自慢。漆を塗り重ねることで強度が増し、漆本来の色と質感も纏う。毎日の暮らしで使えるように浄法寺塗があって、磨くのは使い手。使うことによってひとつの漆器を仕上げることができる。不思議なもので、磨こう磨こうと急いでもすぐには艶は出ない。使って、洗い、拭く。それを繰り返すだけでいい。一年もすれば姿が違っているはずです」
そう語るのは、塗師の岩舘巧さん。祖父は漆掻き職人で、父も塗師。代々、漆の仕事をつないできた。小さい頃から祖父と父の仕事を見て育ち、小遣い稼ぎに塗りの手伝いをしたのだそう。それは、木地屋から届いたままの、まだ真っ白な木肌の器に漆を染み込ませる、最初の作業だった。必要な技術は、すべて父から学んだ。
木地に漆を塗り、研磨する。表を塗ったら、1日待って、裏を塗る。それを二日置いてまた研磨する。この5日間はかかる工程を下塗りから上塗りまで、7〜8回と繰り返すのだ。1日8時間、その日の作業が終わるまで塗り続ける。仕上がった漆器は同エリアで浄法寺漆の器や漆芸品を展示販売する「滴生舎」や、各地のデパートで販売される。
長く使うことで美しさも味わいも増す漆器。「40年前に、まだ駆け出しの作家だった父から買ったという器の修理を頼まれることもある」と言う。修理となれば、塗られた漆を全部剥ぎ、木の面を出して、最初から塗り直す。そしてまた、日々の暮らしで磨かれていく。
巧さんの好きな形はとたずねてみると、「片口」だと返ってきた。口縁の片側に注ぎ口のついた器だ。
「口の部分を持って、どぶろくをすくい、盃に注ぐ。良いデザインですよね。父親の型を引き継ぎながら、新しい世代として、僕も自らのデザインをつくっていこうと思っています。うちのはどっしりしたデザインが多いので、もう少し薄くてもいいのかなとか、漆器の馴染みのない外国人の方から『プラスチックに塗っているの?』という質問が多いので、木地が見える部分のあるデザインが必要かもしれないとか。感じてきたことへの挑戦として、新しいものをつくってみたいと思うんです」
二戸の旅のなかで、この土地の人に出会い、季節の恵みや郷土の食に出会い、漆器でお酒を飲んでもらえたら、それはとてもうれしいこと、と巧さんは言う。
「旅のなかで、旅館や食事処、地元の人の暮らしのなかで漆器に出会うと思います。その漆器を使って、グラスとは手触りも口当たりも違う、ただ水を飲むだけでも違うのを感じてみてほしい。それを感じて、暮らしにひとつ迎えて、毎日使ってもらえれば」