変わらない素朴な味わい、変わり続ける伝統のせんべい
パチパチと爆ぜる囲炉裏端で、手焼き型を火にくべ、裏に、表に返す。
おばあちゃんが真心を込めて一枚一枚ていねいに「南部煎餅」を焼きあげている。
「あの、南部せんべいのどこか日向くさい味わいは、お婆ちゃんの味、そのものですよ」
小松シキ著『むすんでひらいて』より抜粋
そんなあたたかな原風景は、二戸を含む、旧南部藩一帯で親しまれてきた「南部せんべい」とともにある。かつてはどこの家にも焼き型が常備され、せんべいを焼くのはもっぱらおばあちゃんの仕事だった。
焼いたせんべいは食事にも、おやつにもなり、コメの生育に不向きな土地ならではの保存食としても広く親しまれた。畑仕事の時には食事時のお皿代わりに使ったり(最後に食べてしまう)、冠婚葬祭のハレの場でも食されたりと、人々の生活に密着した郷土の味だ。
「昔ながらの南部せんべいが好きだという方はすこし堅めのバリっとしたものを好みますし、時代とともにやわらかいものが好まれるという傾向もあります」
そう語るのは、1948年創業の老舗南部煎餅メーカーである株式会社小松製菓の執行役員青谷耕成さん。同社では、創業者である小松シキさんが戦後の物資不足の中でようやく手に入れた小麦とゴマで焼き上げたことに始まる懐かしく素朴な味わいのせんべいをはじめ、およそ150種類もの商品を展開する。
「見た目が同じようでも、ごま煎餅だけで10種類ほどあります。小麦粉の配合はもちろん、せんべいの堅さにも違いがあれば、ごまの煎り具合、味付けにもそれぞれこだわりがあります。そのくらいこの地方の人たちはせんべいを食べ分けるんです。だからこそ、細かな好みに応える商品展開なんです」
反面、「若い世代や小さな子どもにとっては昔ながらの大きさの南部せんべいは、食べやすさに欠ける」と続ける青谷さん。
そこで、万人に喜んでもらえる味と形とは何か、と考えて、ある日、きれいな円形に成形された、焼き立てのせんべいをハンマーで割ってみることにした。これが今や小松製菓の看板商品となった「チョコ南部」の誕生につながる。
「(万人向けの味として)チョコ南部に行きついたというところです。焼き立てを砕くことで、香ばしさが際立つ。ひとつのクランチの中でおせんべいのいろんな部分、耳だったり、生地だったり、ピーナッツだったり、あとは砕いたことで出る、粒度の細かい『南部煎餅パウダー』と呼んでいるもののジャリジャリ感というか、不規則な食感が良い。チョコを食べながら、まるで南部せんべいをかじったかのような味わいを感じられるんです。」
工場の生産ラインでは日々、いかにロスなく、きれいなせんべいを焼くかを研究し続けている。青谷さんもまた南部せんべいを愛する一人として、それを十二分に知っていたが、敢えてそのせんべいを「割る」という挑戦に出た。
「焼いてすぐの販売用のおせんべいをそのまま砕いたので、当時は社長の怒りもかなりあった。社内でも、『あいつ何考えてるの?』って感じでしたね。」
まさに孤軍奮闘の状態だったが、南部せんべいとチョコレートを融合させることで必ずや新しい需要を作り出せると強い確信を抱いていた青谷さん。コツコツと試作品を作り続け、社内でも粘り強くプレゼンを続けた末、一年後、その成果が実る。
「南部せんべいの歴史は500〜600年前からある。鋳型で焼き続ける伝統にも、その精神や歴史の重みが染み付いている。だから、きれいに焼かれたせんべいを壊すことは、伝統を壊すことだと思っていましたが、(あらためて考えると)『壊す』のではなくて、『形を変える』ということなんです。歴史や安心感が下支えてくれて、うまく伝統と新しい挑戦が融合できたのかなと思っていますね。」
こうして誕生した「チョコ南部」は発売当初から予想の10倍を売り上げ、2009年の発売以来、およそ4,350万個を販売(2023時点)。今では小松製菓の売り上げの2割を占める大ヒット商品となった。
「そうやって形を変えられることに今は自信を持っていますし、もっとそこを追求して、また伝統にしていきたい」
そう語る青谷さんのモットーは「打席に立つ」こと。まだ誰も見たことのない新しい南部せんべいのかたちを、未来を、今も模索し続けている。